福岡・佐賀研究調査フィールドトリップ(その1)

5月20日から24日にかけて、福岡県と佐賀県に北九州地方の水害対策や地形の研究調査に行きました。

今回の研究調査の前半では、筑後川に面する久留米市の地形的特徴を探索するとともに、久留米市出身の建築家菊竹清訓が設計した高床式の建築に水害対策の側面を見出し、見学をしました。後半ではI-AUDのスタジオCのフィールドトリップにオブザーバーとして参加しながら、福岡市内の親水公園の見学や重要伝統的建造物群保存地区の調査・見学を行いました。

 

初日は福岡空港へ到着後、唐津市へ移動し、中心市街地を見学しました。

唐津市の中心市街地は、歴史的な建造物を残して開発が行われています。

城の天守からは市街地が一望できます。

市街地には辰野金吾設計の旧唐津銀行では辰野金吾に関する展示がされていました。

 

2日目は久留米市に移動し、菊竹清訓設計の建築を多く見学しました。

まずは石橋文化ホール・石橋正二郎記念館を見学しました。この二つは共に菊竹設計ですが、改修などを経て当時の意匠はあまり残っていませんでした。

臨済宗妙心寺派 円明山 徳雲寺納骨堂は残念ながら中にはいることはできませんでしたが、遠目で見学させていただきました。この建築は壁と床スラブに隙間ができるように設計されており、まるでボリュームが浮いているように見えます。スカイハウスをはじめとして、菊竹建築には複数高床式の建築があり、幼少期を久留米で過ごし、暴れ川としての筑後川を目撃してきた菊竹が意図的に水害から逃れることを意識して高床式の建築を設計していたのではないかと考えられます。残念ながら取り壊されてしまった久留米市民会館などは強くその思いが表れていたようです。

 

梅林寺ティーハウス国の登録文化財にも登録された菊竹建築で、現存する中で最古の菊竹建築です。残念ながら公開時期ではなく、中に入ることはできませんでした。

水天宮は菊竹建築ではありませんが、筑後川流域を一望できる小高い丘の上場所にあります。福岡県と佐賀県の境を流れる筑後川は暴れ川として有名で、過去に何度も氾濫を起こしてきた川です。江戸時代以降河川改修や河道の改善などが頻繁に行われ、現在のような流路になっています。水天宮の対岸も河川改修を経て現在の流路となったようです。

午後はかつて炭鉱のあった、田川市へ移動し、田川市石炭・歴史博物館の見学をしました。田川市を含む筑豊地方では、近代に炭鉱が多くあり、多くの遺産があります。田川市石炭・歴史博物館には当時の様子を記述する手記や写真、実際に使われていた道具、炭鉱住宅の再現などが展示されていました。

その後、飯塚市に移動し、市内の住宅地に残る遺構の見学をしました。これらは当時の状態をそのまま残してあり、住宅地の中に取り残されたような形で保存されていました。

街中を移動すると突如見えるこの風景は異様でした。